カヤマのブログ

【No.81〜100】カヤマ・2022年遭遇作品100(新〜旧作 音楽/映画/書籍etc...)

81. 佐藤嘉幸,廣瀬純 - 三つの革命 ドゥルーズ=ガタリの政治哲学

Release: 2017

Origin: Japan

Label: 講談社選書メチエ

初学者なのでドゥルーズの原著を当然そのまま読めるわけがなく、解説書の読解に頼っているのだけれども、そのなかでも最も刺激的だったのが本作。議論の濃密さゆえに、僕は本書ですら理解しかねる点を随所に残してしまったのだが、その点も含めて、今後長らく付き合っていくことになりそうな一冊である。

各著作の整理もさることながら、あとがき代わりに設けられたドゥルーズ哲学実践編(現代社会への適用)には度肝を抜かれた。彼等の思想は衒学的な机上の空論では断じてない。実践可能な戦術である。

 

82. SeeYouSpaceCowboy… - The Romance of Affliction

The Romance of Affliction

The Romance of Affliction

  • SeeYouSpaceCowboy...
  • メタル
  • ¥1222

Release: 2021

Origin: US

Label: Pure Noise

If I Die Firstとも親交のある00年代スクリーモポスト・ハードコアリバイバル牽引者。元来は初期Cave InやNorma Jeanを思わせるメタルコア/カオティック・ハードコア・スタイルであった。断末魔じみた金切り声スクリームと不協和音まみれのギター、低~高速が神経症的にスイッチしていく曲構成。ヒステリックな世界観が根幹にある。しかし、徐々にクリーンボーカルの比率を増やしてゆき、2ndアルバムたる本作では、随分とキャッチー性も洗練されてきた。

彼等の凄みは新奇性ではなく、「古さ」の忠実な再現度にある。90年代末~00年代初頭のUSハードコア・パンク史を生き直すこと。歴史の遺産を表層的にかすめとるのではなく、深く模倣したからこそ、表現に含蓄が生まれていく。

 

83. セルジオ・レオーネ - ウエスタン(ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト)

Release: 1968

Origin: Itary

エスタン(原題:Once Upon a Time in the West)という大仰な題名を自ら掲げるのにも納得の貫禄。寡黙ながら雄弁な「眼力」のドラマにして、一人の勇敢な女性を軸にアメリカ西部開拓時代の美醜をパッケージングした一大絵巻。

夕陽のガンマン』『続:夕陽のガンマン/地獄の決斗』で見られたセルジオ・レオーネ監督の演出法はさらに先鋭化。弛緩と緊張を波打つように往復し、冗長さとリアリズムの狭間を綱渡るテンポ感が徹頭徹尾持続する。「ちょっとこのシーンダルくね?」とムズ痒さをふと抱いた瞬間に、神が降りてきたんじゃないかと見紛う超絶ショットや乾いた銃撃音がドカンと放り込まれる。エンニオ・モリコーネによる劇伴も映像に負けじと冴えまくり。残虐性と叙情性が矛盾せず共存するフロンティアの光景は、まさに彼無しでは有り得なかったろう。

中盤に間延びを全く感じなかったといえば嘘になるが、その分を差し引いたとしても、「マカロニ・ウエスタン」というジャンルの成熟の末に辿り着いた神話的スケールは何物にも替えがたい。冒頭のオープニング~駅前での銃撃戦、物語序盤の馬車移動シーン、終盤20分は、文字通り「奇跡」としか言いようが無いね。決して無傷では済まされなかったが、開拓は彼等の手によって果たされた。

 

84. スパイク・リー - ドゥ・ザ・ライト・シング

Release: 1989

Origin: US

スパイク・リー監督の18年作『ブラック・クランズマン』と比べてしまうと、流石に時代を感じるカメラワーク&編集。しかし哀しい哉、誰もが声を揃える通り、題材のアクチュアリティは何一つ錆び付いちゃいない。

空虚に響き渡るFIGHT THE POWERのリリックと共に、「マイノリティたる我々はマジョリティや他のマイノリティに敬意を払っていたか?」という難題を鑑賞者全員に問いかける。物語終盤のようなデモは現代にも絶えないし、それどころかSNSにより更に分断が加速してるとすら思えるのが何とも心苦しい。

映画として痺れたシーンは、ラジオ・ラヒームの突飛な振る舞いや、中盤のベッドシーンの艶やかさ、ピザ屋のマスターと息子の会話、序盤・終盤におかれた放水シーンの対称性など。物語の本筋から零れ落ちる箇所もいちいちおもしろい。ピザ食べたいなぁ。

 

85. SQUASH SQUAD - objet

Objet

Objet

  • Squash Squad
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥1833

Release: 2012

Origin: Japan

Label: BRAINSTORM MUSIC

近年のLootaとVito Foccacioはそれぞれソロ名義で活動しているために、このグループの名を存じぬ方も多いだろう。それはもったいない!US直輸入的なトラックに、SF的ボキャブラリとストリートの描写が重ね合わされた様は、まさに「サイバーパンク」の世界観そのもの!

2MCともにインテリサブカル的な文化知識の持ち主(別作品やインタビューでは「松尾芭蕉」「ドストエフスキー」「溝口健二」「エド・ウッド」「ミシェル・ウエルベック」などをネームドロップした)でありながら、知性派・文系ラッパーキャラでは売らず、アメリカンなスタイルに挑んだその姿勢にこそ特異性がある。日本語ラップヘッズのみならず、たとえば小説家:阿部和重のファンやSFファンにもぜひ一聴してほしいな。

 

86. Static Dress - Rouge Carpet Disaster

Rouge Carpet Disaster

Rouge Carpet Disaster

  • Static Dress
  • ロック
  • ¥1528

Release: 2022

Origin: UK

Label: Venn

彼等もまた00年代スクリーモポスト・ハードコアリバイバルを担う者の一人。「メタルコア」「Djent」などのムーヴメントを経て分厚くなりすぎた音像へのアンチテーゼだ。スクリームもバンド・アンサンブルも中音域で一体となり、耳がキンキンするようなパンキッシュ・サウンドへと変貌する!ギターはコードを掻き鳴らして音壁を作る一方で、リズム隊は変に加工せず、音の隙間を活かしてある。低音が気持ちいいくらいにスカスカだ、これだよこれ!サウンドプロダクションがまさに00年代初頭のそれであり、CD全盛期のノスタルジーを喚起してくれるのだ!

 

87. Stephan Micus - Nomad Songs

Nomad Songs

Nomad Songs

  • ステファン・ミクス
  • ジャズ
  • ¥1630

Release: 2015

Origin: German

Label: ECM

ECM Recordsはニューエイジ・ミュージック系もひっそりと扱っていたりするのだが、本作もその内のひとつ。ビートレスで奏でられる民族楽器、チルい。

 

88. スティーヴン・スピルバーグ - シンドラーのリスト

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B00GQVTUW6/ref=atv_dp_share_cu_r

Release: 1993

Origin: US

経済活動のうちには反差別が潜んでおり、時として徹底的な実利主義は「正義」に反転してしまうのだと示唆する、スピルバーグ流の人間譚。キリスト教的道徳をベースにした名作映画『素晴らしき哉、人生!』への最良の返歌ではなかろうか。

遺作のような威厳に満ち満ちているのに、これはスピルバーグ監督第二の黄金期の序章でしかなく、以降も盟友:ヤヌス・カミンスキーと新作を爆速で撮りまくることになる……という事実がにわかに信じがたい。

 

89. 高橋悠治 - エリック・サティ: 新・ピアノ作品集

Release: 2017

Origin: Japan

Label: Columbia

サティのピアノ曲録音をいくつか聴いたが、本作が一番好き。

 

90. Tallah - The Generation of Danger

The Generation of Danger

The Generation of Danger

  • Tallah
  • メタル
  • ¥1528

Release: 2022

Origin: US

Label: Earache 

縦方向にバウンドする強靭なグルーヴと、上ずった声で捲し立てる早口スクリーム!現代メタルコア/マスコアの機械的演奏力が備わっていながらも、ギターばかりが先行せず、あくまでリズム隊の妙味で攻めていくスタイルに好感を覚えた。

 

91. 天竜川ナコン - 現実 実況プレイ ~キムチ鍋攻略~

Release: 2021

Origin: Japan

ごくありふれた日常生活での哲学の実践。「結局○○だよなぁ?」の口調が特徴の説法に何度感嘆したことか。

 

92. トマス・ピンチョン - 重力の虹

Release: 1973/2014

Origin: US

Label: 新潮社

現代文学を代表する大長編であり、あらゆる地域や分野を下ネタと差別用語で串刺しにしたカオティックな旅行記。そして一人の男:スロースロップをめぐる英雄譚。物語の全体像や登場人物の関係性をほぼ把握できず「読めた」とは言い難いのだが、十分楽しみながら全頁に目を通すことができた。それもひとえに、湯水のごときウンチクの羅列と素っ頓狂なコメディ描写のおかげだ。枝葉末節の描写ぶりがたまらなくおかしい!全編一貫して汚いけど精緻な、風景の色彩感覚の豊かさにも目を見張る。

執筆当時は1973年。思想はポストモダン、音楽はプログレモータウンで、社会はベトナムから米軍撤退って時期。そんな時代に、陰謀論という題材により、世界の全体性を己の筆一本で描かんとする。この究極の蛮勇には脱帽するほかない。

 

93. Thoughtcrimes - Altered Pasts

Altered Pasts

Altered Pasts

  • thoughtcrimes
  • メタル
  • ¥1528

Release: 2022

Origin: US

Label: Pure Noise

惜しくも解散してしまったマスコア・レジェンドThe Dillinger Escape Planの元メンバーによる新バンド。いざ聴いてみたら、ほぼやってること変わんねェじゃねえか!ありがとう!The Dillinger Escape Planがやらんとしていたことって要は、プログレッシヴ・ロック/フリージャズ/ドリルンベース/IDMなどの奇天烈音楽を「ハードコア・パンク」のフィルターに通し、シンプルなアンサンブルで今一度演奏してみる試みだったわけだが、それは新規バンドになっても変わらない。ハチャメチャに弾け飛ぶ演奏とゴス/アンビエント的電子音がグラデーションのように違和感無く移り変わるのに驚かされる。

 

94. 塚本晋也 - 野火

Release: 2015

Origin: Japan

この監督の出世作『鉄男 TETSUO』の鑑賞時も思ったことだが、なぜここまで無茶苦茶なエネルギーを画面に収めることができるのだろう。

 

95. Underoath - Voyeurist

Voyeurist

Voyeurist

  • アンダーオース
  • メタル
  • ¥1935

Release: 2022

Origin: US

Label: Fearless

USスクリーモメタルコア・シーンの古豪の新譜はなんと、電子/空間音響系のアプローチを大幅に導入し、ゴス・ラッパーGhostemaneを客演に迎えた、挑戦的な一作に仕上がっている。もはや「ポストメタル」「インダストリアルメタル」の変種、Deftones・Nine Inch Nailes・Cult of Luna等の系譜に連なるサウンドに転向しているといっていい。

クリスチャニズム、空間音響系のキーボードワーク。おおよそ身体的な快楽を追究する傾向にある「メタルコア」「ポスト・ハードコア」「スクリーモ」などのジャンルの中核に位置しながら、抽象的な美意識を思索しつづけること。現在、メタルコアシューゲイザーアンビエント等と難なく融合できているのも、彼等の功績あってのことだと忘れてはならない。同ジャンルがめざましい音楽的発展を遂げている今、先駆者の再評価をしてみるのも悪くはないだろう。

 

96. 宇野常寛 - ゼロ年代の想像力

https://amzn.asia/d/0Qc8joL

Release: 2008

Origin: Japan

Label: ハヤカワ文庫JA

「大風呂敷」という言葉がまさに似つかわしい一冊。牽強付会に映る箇所がないといえば嘘になるが、 日本国内の作品をザッピング的に接合し、ひとつの地平を捏造してみせる熱量には畏れ入った。零れ落ちてしまった論点の再検討も含め、まだまだ有効性を失っていない一冊だろう。

彼は宮台真司東浩紀フォロワーとしてオタク論壇に姿を現わしたわけだが、大衆分析に優れた前述の二人よりも、佐々木敦先生にも通じる固有名詞のマッピング能力に優れた書き手であるように思う。WEBマガジン「遅いインターネット」を根城とした現在の活動も興味深いが、僕としては同人誌時代のPLANETSをもっと読んでみたい。

 

97. Void of Vision - Chronicles II: Heaven

CHRONICLES II: HEAVEN - EP

CHRONICLES II: HEAVEN - EP

Release: 2022

Origin: Australia

Label: UNFD

メタルコアといえばアメリカが生んだ音楽ジャンルとして知られているが、現在同ジャンルで尖鋭的なサウンドを提示しているのは、イギリス、フランス、そしてオーストラリアのシーンであろう。オーストラリア・メタルコア・レーベルUNFDは毎度本当におもしろいバンドを輩出してくれる!

彼等は最初、ニューメタルコアのニューカマーとして頭角を表した。弦楽器の分厚い轟音を、重心の低いドラムとラップ調のスクリームでパワフルにブン回す。近年はそれに留まらず、インダストリアルやドラムンベース、ゴスなどの電子的/耽美的アプローチにより表現の幅を拡げ、着実に独創性を磨きつつある。これからの成長が楽しみで仕方がない。

 

98. 若松孝二 - 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)

Release: 2008

Origin: Japan

後学のために観てみたら、これが青春映画として高クオリティであるし、さらには劇判はJim O'Rourkeという、低予算ながら気骨入りまくりの力作。ラストシーンには僕もつられて涙ぐみました。

 

99. ヴァルター・ベンヤミン - 複製技術時代の芸術

https://artscape.jp/artword/index.php/%E3%80%8C%E8%A4%87%E8%A3%BD%E6%8A%80%E8%A1%93%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AE%E8%8A%B8%E8%A1%93%E4%BD%9C%E5%93%81%E3%80%8D%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%A4%E3%83%9F%E3%83%B3

Release: 1936/1970

Origin: Germany

Label: 晶文社

アウラ」でおなじみの、いかにも厳めしい名前をした芸術論の古典でありながら、いざ開いてみたら小ぶりなエッセイ集で存外読みやすい。だからといって一読してすっきりする内容かといえばそうでもなく、やはり20世紀以降の時代に文化を語るのならば、マルクスの存在は切っても切り離せないのだと、大きな宿題を残されたような想いだ。2023年は『資本論』原著&解説書を通じて、本書の問題提起への理解を深めたい。また、『ジル・ドゥルーズ - シネマ』にマルクス主義的読解を施した廣瀬純の著作も関連して読んでみたい。

 

100. 米田和弘 - Do It Yourself !! -どぅー・いっと・ゆあせるふ-

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0B69QMT2C/ref=atv_dp_share_cu_r

Release: 2022

Origin: Japan

Label: PINE JAM

2022年秋アニメは歴史的豊作であったが、本作はそのダークホースとして密かに注目を集めていた。とにかく音楽周り、劇伴はもちろんのこと、OP『どきどきアイデアをよろしく!』・ED『続く話』が珠玉の出来なのだ!前者はポスト星野源・髭男的ファンク・ナンバー、後者はmùmを思わせるポストロック/フォークトロニカ。オリジナル版はもちろん、シングル盤に収録されている『どきどきアイデアをよろしく Funk Mix』『続く話 Kawaii Mix』も負けず劣らず素晴らしい。

 

【PREV】

【No.61〜80】カヤマ・2022年遭遇作品100(新〜旧作 音楽/映画/書籍etc...)

61. MJ Cole - Sincere

Sincere (Deluxe)

Sincere (Deluxe)

  • MJコール
  • ダンス
  • ¥2343

Release: 2000

Origin: UK

Label: Talkin' Loud

日本出身ラッパー:JUBEEの代表曲『Joyride』が素晴らしいUKガラージ/2stepナンバーだったことから、同ジャンルの古典たる本作にアクセスした。00年代初頭の最新ビートはこれであると知ると、当時の音楽シーンへの解像度がググっと増した。2003年時点で日本にこのヴァイブスを輸入してみせたm-floって、マジすごかったんだな。

 

62. Moodring - Stargazer

Stargazer

Stargazer

  • Moodring
  • メタル
  • ¥1222

Release: 2022

Origin: US

Label: UNFD

かつてDeftonesは、ニューメタルの重厚なリズム・アプローチと、ニューウェーヴアンビエントの空間表現を融合させることで、独特な酩酊感を孕んだヘヴィ・サウンドを創造した。彼等の3rd『White Pony』はUS/UKロック・シーンそれぞれの歴史が幸福な出会いを果たした名盤といっていいだろう。そして、近年は彼等の功績が見直され、その意匠を継ぐ若手バンドが多数登場しているのだが、彼等MoodringはDeftonesフォロワーでもかなりの注目株だ。

とにかく歌メロが強力でキャッチー!退廃的世界観の構築に執心するあまり難解な音像となってしまう者が少ない中、この音響表現と聴きやすさの匙加減には感服する。まだまだ駆け出しなので、さらなる個性の確立と躍進に期待しよう。

 

63. 無印良品 - 国産野菜の生姜の棒餃子

Origin: Japan

Label: 株式会社良品計画

もしPitchforkが冷凍食品批評サイトならば、8.7点は固い。化学調味料が無いが味はそこそこ濃いので、ポン酢や醤油要らずでそのままいただける。この一年でたぶん4袋・通算で10袋分は食べてる。

 

64. Mura Masa - Demon Time

demon time

demon time

  • Mura Masa
  • エレクトロニック
  • ¥1935

Release: 2022

Origin: UK

Label: Polydor/Anchor Point

エモ・ラップからグライム、レゲトンまで幅広いトラックメイキング!起用アーティストたちの選出も冴えており、現ラップ・シーンの見本市として素晴らしい一枚だ。tohjiとPa Salieuのフローの特異性を再確認するキッカケにもなった。

 

65. My Ticket Home - Strangers Only

Strangers Only

Strangers Only

  • My Ticket Home
  • ロック
  • ¥1630

Release: 2013

Origin: US

Label: Machine Shop

ニューメタルコア(ニューメタル・リバイバル)の先駆的レコード。かといって、BMTHやLoatheなど近年活躍しているバンドのような新奇性は薄く、愚直なまでにオーセンティックを貫いてみせる。メンバー全員が鈍い打撃音と化す!冷却保存された世紀末のグルーヴは、ストリート・キッズ自身の手によって息を吹き返したのだ。昨今のニューメタル再興は何者かが作為的に仕掛けたものではなく、ごく素朴にみんなSlipknotKornを敬愛していた結果なのだと、本作を聴けば合点がいくはず。

 

66. ナ・ホンジン - 哭声/コクソン

Release: 2016

Origin: Korea

「最高におもしろくて最高につらい韓国映画なのでおすすめします!」

「哭声 コクソンだけに酷(こく)ってコト!?」

「………………。」

という友人からの推薦をキッカケに鑑賞にいたったわけだが、まことに驚愕した。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『プリズナーズ』を観た瞬間の衝撃をふたたび味わうことになるとは。

キリスト教シャーマニズム、西洋医学の衝突。田舎ゆえの情報伝達の速さと、それゆえに募る猜疑心。サイコ・サスペンス×ホラーを折衷した一級品のエンタメ映画でありながら、「韓国」という国家全体が孕んだ歪みを今一度問う社会批評としても鋭い。同ジャンルの代表作『羊たちの沈黙』『セブン』『ミスティック・リバー』などと同列に語れる「傑作」ではなかろうか。

脚本も素晴らしいのだが、演出も負けじと強烈だ。山村地域の生い茂る自然や、生活感を感じさせる薄汚れた建物内など、日常世界は緑色~茶色~灰色の鈍い自然色がメイン。深夜や閉所の暗闇も印象的。そこに灯る炎や鮮血の赤~黄色が、なんと残酷に映えることか!また、ただでさえおそろしいのに中盤以降は殺人事件に宗教的なモチーフが絡んでくることで、さらに狂気はエスカレート。物理/倫理的恐怖が混濁しながら凄惨な絵面がひたすらつながっていく……。2ジャンルのミクスチャーは物語を多層的にするだけじゃなく、恐怖描写にも多層性をもたらしているのだ。

僕は「考察」「謎解き」って議論がどんどん内側に籠ってしまう傾向があるからあんまり好きじゃないけど、本作は幾度も反芻する意義の深い一作であると思う。優れた作品は現代社会の病理をまざまざと剔抉する。「考察」「謎解き」がそのまま現代社会への思索になる。というわけで僕も5年後くらいに、もう少し賢明になってから再び観ようと心に決めた。

 

67. ニック・パーク & スティーヴ・ボックス - ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!

Release: 2005

Origin: UK

クレイアニメ」という外部から、アクション~ホラー~怪獣映画などの娯楽映画史を逆照射する、さながら幕の内弁当的大盤振る舞い。

 

68. Nils Frahm - Music for Animals

Music for Animals

Music for Animals

Release: 2022

Origin: German

Label: Leiter

装飾の浅く静謐なポスト・クラシカル/アンビエントが2時間半のドカ盛りサイズで堪能できる。読書用BGMとして重宝しました。

 

69. Oceans Ate Alaska - Disparity

Disparity

Disparity

  • Oceans Ate Alaska
  • メタル
  • ¥1935

Release: 2022

Origin: UK

Label: Fearless

演奏技術に任せてズガガズガガと精密機械じみたリズムを刻みつつも、エモーショナルに伸びるメロディーを要所要所で聴かせる。10年代初頭、雨後の筍のように登場した技巧派メタルコア・バンドのなかでも、特にリズム・アプローチが個性的なバンドだ。分厚い重低音の壁をつくるのではなく、スタッカートでちぎれたフレーズを大量に束ねてグルーヴを生み出す。Djentムーヴメントに同調しながらも似て異なる姿勢。さすが、アングラ・ダンスミュージック大国イギリスらしいなぁと感心せざるを得ない。

2曲目『Nova』・3曲目『Metamorph』・5曲目『Sol』などで窺えるように、昨今のヒップホップやニューメタル・リバイバルへの応答を試みている。かといって音数を絞り、そのまま同ジャンルの方法論を模倣するわけではない。相変わらず精密機械じみたリズムを刻みながらも、現代のBPMに適したアンサンブルを一から模索している。

Primal ScreamArctic Monkeysが物語るとおり、これまでのUKロックは同郷のクラブミュージックに応答する形で、バンド・アンサンブルを更新してきた。このアルバムも「メタルコア」のみではなく、「UKロックの伝統」として聴いてみると、また違った発見があるはずだ。

 

70. 小田香 - 鉱 ARAGANE

Release: 2015

Origin: Bosna i Hercegovina/Japan

「観たくて仕方がないのにソフト&配信化しないのは何故!?」と困惑していたが、映画館を訪れてやっと合点がいった。これは映画館という空間で初めて効力を持つ。

ベキキキキィ、ガゴゴゴゴォ、と終始響く工業機械のインダストリアル・サウンド。旋回する車輪やチェーン。閉鎖空間に差し込む外光、ヘッドライト。定点カメラの前で蠢く労働者達が、まるで僕達の現身のようにおもえたのは錯覚じゃあないだろう。僕達も彼等と同様に、暗闇と轟音に身を投じる匿名者であるし、彼等も僕達をじっと観ている(ヘッドライトが視線を実体化させる)。小田香監督の師範たるタル・ベーラ監督を彷彿とさせるロング・ショットが、時間感覚をぐいぐい引き伸ばしてゆく。しかし緊張感もいっしょに持続されゆく――スクリーンに映された彼等の視線がつねに返ってくるからだ。

「ドキュメンタリー」ってなんだろう。労働者達の事情や行く末を逐一教えてはくれないし、一面的に読める社会的メッセージも訴えてはこない。とある空間にカメラがただそのままどかんと置かれ、それゆえに観る者/観られる者の境界を融和させてしまう。映画初心者の僕がこんなこと言うのも差し出がましいが、まるでリュミエール兄弟の時代の原始的な映画の在り方がそのまま現代に持ち込まれたような一作だとおもった。機会があれば必ずまた足を運ぼう――暗闇と轟音の中に。

 

71. 大江健三郎 - 万延元年のフットボール

Release: 1967

Origin: Japan

Label: 講談社文芸文庫

すげぇ文体だなと読み進めてたら突然BL小説みてえになって、しかもイイ話風になって終わった。なんだこれは。冷徹に乾いた筆跡から血液の生暖かさや叙情性が思いがけず染み出してくる。三島がヴィジュアル系だとしたら、大江はハードコア・パンクだ。

 

72. 岡田拓郎 - Betsu No Jikan

Release: 2022

Origin: Japan

Label: Newhere

なんじゃこりゃあ!元々、彼は日本のNeutral Milk HotelWilco、Jim O'Rourkeのような存在だと思っていた。フォークミュージックやクラシックロックの造詣が深いながらも、それをそのままアウトプットせず、現代的な音響感をもって再解釈し続けているという意味において、だ。しかし、本作を再生すると、金物やキーボードの不穏なさざめき、サックスの音色がまず聞こえる。いわゆる「スピリチュアル・ジャズ」じゃないか!

アコースティック・ギターから、電子音響、即興演奏まであらゆる手段を駆使して、繊細な音粒をひとつずつ重ねてゆく。まるで木々の揺れ動き、河の流れのような、大自然の流動的な美を描写しているかのようだ!このサウンドはたとえば、Drag City Records・ECM Records・ACT Musicからリリースされてもおかしくない。邦楽ロック?音響派?現代ジャズ?否、国籍やジャンルなど問わぬ大傑作!「いまバンドサウンドには何ができるのか」のひとつの答えだと思います。

 

73. オーソン・ウェルズ - 黒い罠

Release: 1958

Origin: US

噂には聞いていたが、冒頭からカマされる超絶ロング・ショットと、さっそく現れるオーソン・ウェルズの圧倒的な存在感に一撃ノックアウト!執拗に強調される斜め方向のアングル・運動(車とか人間の煽りとか)がズバズバとハイテンポで連結され、空間が次々と切り裂かれていく。

 

74. Perfume Genius - Ugly Season

Release: 2022

Origin: US

Label: Matador

Son Luxの歴史的傑作アルバムシリーズ『Tomorrows』にも通じる衝撃。元来から彼の内にあった現代音楽/室内楽アンビエントの素養が一挙に花開き、音響実験の限りを尽くすエクスペリメンタル・ポップ・ミュージック。嫋やかなファルセット・ボイスが荘厳な響きに溶け合い、空間に拡散していく瞬間の享楽感。

 

75. ピエル・パオロ・パゾリーニ - 奇跡の丘

Release: 1964

Origin: Itary/France

イタリア出身の映画監督ピエル・パオロ・パゾリーニが「マタイによる福音書」に基づき、イエス・キリストの生涯を描く137分間。

このフィルムは神の子の映像化という、あわや冒涜に触れかねない試みを、イタリア映画らしい粘り気のある演出法で具現化せしめている。深い陰影とザラついた画面。独特な編集リズム。あらゆる人間の所作を省略し、深い影の落ちた表情や黒く澄んだ瞳を凝視する。

どのように再現したのかわからない古代エルサレムの街並みや衣装、古楽~教会音楽のなかにブルース等のギターミュージックが捻じ込まれている不可解さ、パゾリーニ監督自身の宗教観や制作逸話(無神論者らしいとは噂に聞くが……)などなど疑問も残るが、理解が及ぶべくもない。

一般的に「まぁまぁ良い芸術映画」程度の評価らしいのだが、僕は『フランク・キャプラ - 素晴らしき哉、人生!』に次いで、この生涯で最も驚愕的な映画体験になった。おそらく、僕の感性がクリスチャン的美意識と親和性が高いのだろうが、その因果関係は追々突き止めるとしよう(一応無宗教者なんだけれどもなぁ……)。

 

76. レイチェル・ギーザ - ボーイズ: 男の子はなぜ「男らしく」育つのか

Release: 2018/2019

Origin: Canada

Label: DU BOOKS

男らしさから逸脱した男性は「敗北者」の烙印を押され、端に追いやられる――マチズモの同調圧力を「マン・ボックス」と名付け、女性の視点からその病理を解き明かす一冊。フェミニズム運動は女性のみならず、男性社会の病理を治す処方箋となり得るのだと、優しく証明してくれる一冊。「こういう生きづらさに理解を示してくれて、言語化してくれる人がいるんだ!」と、一読者としても救われた思いになりました。本書に寄せられた書評・読者感想などの声にも救われた。

 

77. リドリー・スコット - テルマ&ルイーズ

Release: 1991

Origin: US

リドリー・スコット=何撮っても野暮ったい「神話」になっちゃう……という謎の偏見を持っていたが、仰々しい演出の無い、等身大の体温が籠もったロードムービーも撮れるのだな。フェミニズムや犯罪の連鎖性が題材ということで一男性としては胸の痛むシーンも随所にちらほら。しかし意外だったのは、二人の主人公(特にテルマ)も彼女達なりのダメさを抱えていたところ。一人は枷を外し続け、一人は徐々に得ていくことで、幸せを得ていく対称性も良い。ブラピも脇役ながら圧倒的な存在感。若いなー。

 

78. Rina Sawayama - SAWAYAMA

Release: 2020

Origin: UK

Label: Dirty Hit

SUMMER SONIC 2022にてヘッドライナーに勝るとも劣らないパフォーマンスを披露し、2ndアルバム『Hold the Girl』をリリース。今年の音楽シーンの主人公は彼女であったと疑う余地は無いだろう。しかし僕は1stアルバムである本作をあらためて評価したいと考えている。ギタリストとドラマーを携えた彼女のライブは、音源よりも遥かに「ハードロック/ヘヴィメタル」の色彩が強調されていたからだ。

ヘヴィメタルを介したジェンダー・エンパワーメント。主張は最大限支持するということを前提として、このムーヴメントに一リスナーとして(というよりもマジョリティ男性として?)、どう応答すべきかは決めあぐねている。しかし、それを考える足掛かりとしても、皆も本作を聴くところからまず始めないか。

 

79. Ringo Deathstarr - RINGO DEATHSTARR

Release: 2020

Origin: US

Label: Club AC30/Vinyl Junkie

ジャパンツアーでなぜか北海道旭川市に来てくれるという謎ムーヴ(ラーメン青葉でも食いたかったのか?)に乗じて、彼等のライブを拝見した。ジャンル区分上では「シューゲイザー」という括りになっているが、その地を這いずるようなリフは、ポスト・ハードコアストーナー・ロックなどの「90年代アメリカ」の情景も想起させる。90年代US/UKロックの叡智を結集させたような、含蓄を感じさせる爆音。

 

80. 佐々木敦 - (ブレインズ叢書1) 「批評」とは何か? 批評家養成ギブス

https://amzn.asia/d/gaXM07j

Release: 2008

Origin: Japan

Label: メディア総合研究所

「ゲンロン批評再生塾」の前身となるカルチャースクール企画「批評家養成ギブス」の講義録。音楽・映画・文芸それぞれの批評の基礎を一から紐解きながらも、多種多様なものの共通点を「貫通」せよという著者の批評観も強調する。膨大な作品消費量に裏打ちされた情報整理能力と、一人の教育者らしい温和ながらも啓蒙的な口調が重なることで、なんだか全体としてあたたかい雰囲気。著者がジャンル・ガイド的な書籍を何冊も執筆できてしまう理由はこれなのかと妙に納得できてしまう。『ニッポンの思想』『ニッポンの音楽』『ニッポンの文学』『批評時空間』……。今年は佐々木敦先生にほんとうにお世話になりました。

 

【NEXT】

 

【PREV】

【No.41〜60】カヤマ・2022年遭遇作品100(新〜旧作 音楽/映画/書籍etc...)

41. 磯部涼 - ルポ川崎

Release: 2017

Origin: Japan

Label: 新潮文庫

川崎市ルポルタージュ企画のつもりが、いつのまにか音楽の話題中心になっていたと。そのエピソードからも窺えるように、音楽文化は地域共同体を構成する能力を持っていると本書自身が証明してくれる。「結局日本社会で音楽なんて何の影響力も持たないだろ」と思う方々には是非推薦します。

 

42. If I Die First - They Drew Blood

They Drew Blood - EP

They Drew Blood - EP

  • If I Die First
  • パンク
  • ¥917

Release: 2021

Origin: US

Label: -

君はEMO Niteのコーチェラ公演を観たか?何だかんだ揶揄されようがポップパンク/エモのファンベースは強固であると視覚化されてしまったあの衝撃!(日本も地方都市にドサ回ってくれるのはパンク/ラウドロックV系ばかりだから似た状況といえるかもな) エモ・ラッパーLil Lotus率いるこのバンドも00年代スクリーモポスト・ハードコアを再興すべく健闘している。新奇性?愚問だな──僕らが目指してるのは「あの頃」以外無い。先進的な音楽作品がお好みならば素通りしてもらって構わないが、それだけでは癒えぬ傷があること、キッズたちの故郷はここにあるのだということは忘れないでいてほしい。

 

43. ジェームズ・グレイ - アド・アストラ

Release: 2019

Origin: US

「思索的な作風にもかかわらずSF大作映画として宣伝され、大衆からあらぬ誤解と低評価を受けた悲劇の一作」という前評判は耳にしていたが、予想より全然サスペンスしてるじゃないか!ハラハラドキドキ!という嬉しい裏切りがまず一つ。作品序盤における宇宙ステーション→地球への落下シーンや脱落者を生む数々のアクシデントによって、無限に思える宇宙空間に上下感覚と死の香りをまざまざと刻印する。やはり派手なアクションや宇宙描写の割合こそ控えめなミニマルな造りだが、何が発生するか予測のつかない緊張感が作中全体を覆っているのだ。

ブラピの演技力も作品全体の説得力に多大に貢献。目線や表情が細かくドギマギする仕草すごいなぁ。ブラピの真価が発揮されるのは『ファイト・クラブ』や『オーシャンズ11』などでのヒロイックな役柄よりも、本作や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のような人間臭いおっさんかもと思ったり。

そして、ひたすら謎の解明に突き進むブラピと円形の構図の反復が、本作の主題「父/息子の無意識な同一化」をあらわにしていく。ヒロイズムの裏にべっとり染み付いた歯痒さや情けなさも含めての本物だ。映画『インターステラー』との主題の類似点が度々指摘されているが、主人公の勇気ある選択を真正面から肯定した同作よりも、どうしようもなさを諦念交じりの矮小なタッチで描き切ったジェームズ・グレイ監督の方が誠実に感じられて僕は好きだよ。

本作のネット評価が芳しくない理由はアクション&スペクタクル描写不足よりも、男性性の負の側面が鑑賞者にとっては直視し難いものであったからではなかろうか。宇宙モノだからって冒険・開拓讃歌を期待していたら強烈なしっぺ返しを喰らう。

他にも音楽(Max Richter)や映画史への目配せ(過去のSFや『駅馬車』的カーチェイスなど)なども粋な演出を挙げていくとキリがないのだけれども、いかんせんこの作品の主題は20代が観るには重い。重すぎた。15年後に再鑑賞したいね。

 

44. ジム・ジャームッシュ - コーヒー&シガレッツ

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B06XC962HK/ref=atv_dp_share_cu_r

Release: 2003

Origin: US

まずそうな珈琲と煙草を嗜む老若男女、11編に切り分けられた街の一角。他愛もない光景が何故だか唸るほどにおもしろい。

「結局、映画で「リアル」を目指すことは、撮影というお祭りのようなごく一時の幻影にすぎず、若者が「もっとリアルに」と唱えるのは、つまり「もっとドラマチックに」ということなのであって、それは手持ちカメラも監視カメラも関係のない、いわゆる「面白さ」とか「エモーション」とかの問題なのであって、結果もっと派手な演技とかもっと派手なカメラワークとか派手な音楽とかを導入することによって、ようやく落ち着くたぐいのものなのかもしれません。」

「映画の脚本とは、一読するといかにもそれは実際に起こる現実を描写しているように見えて、実はそこに書かれてある内容は非常に強烈な省略がきいていて、非現実な世界にまで達している。喫茶店に入ってウェイトレスも来ず、オーダーを取ってもいないのにいつの間にかコーヒーが出ていて、重要な最低限の会話をちょっとだけして、一分ほどしたら勘定も払わず出て行ってしまう……そういう、実際にはあり得ない世界が描かれている。」(『黒沢清、21世紀の映画を語る』)

労働者~中流階級の日常風景、そのうだつの上がらなさを指して「リアル」と形容してしまうのは実に容易い。しかしながら、君も見逃してはいないはず……さりげなく忍ばせられた映画の詐術の数々を。次々に注がれるコーヒーとスカしたユーモアの天丼によって、体感時間はみるみる引き延ばされてゆく……実時間は1編10分に満たないのに。あっという間なのに、僕もずっとに同じ空間に居合わせていたかのような感覚だ。その点ではやはり、小津安二郎からの影響が顕著に窺える。あらゆる識者からこっ酷く叱られそうだけれども、本家本元(小津安二郎)よりもややラフな構図造りで、なおかつストリートカルチャーへの愛が焼き付いたジャームッシュの世界観の方が断然好いている。

監督の人気を裏付けるアイコン性も、濃密過ぎるんじゃないかというくらいに迸る。観終わった後に真似したくなっちゃう。本作のエンドロールと同時に、お湯を沸かし始めてしまった人間は僕だけじゃないはず。マせた文学青年、映画史を記憶するシネフィル、パンク/ヒップホップ好きのバッドボーイ、あらゆる人種から愛されてやまない、時代を飾るクラシック。

 

45. Joey Bada$$ - 2000

2000

2000

  • ジョーイ・バッドアス
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥1833

Release: 2022

Origin: US

Label: Pro Era 

現代Boom Bapの最高峰では。ラップも巧すぎるが、それよりも何よりトラックが極上。

 

46. ジョン・ヒューズ - ブレックファスト・クラブ

Release: 1985

Origin: US

ファースト・インプレッションは「ずるいな」だ。『ホームアローン』に携わったジョン・ヒューズが監督・脚本を務めていることからも予想がつくとおり、まさに僕らがイメージする80年代アメリカ映画のカメラワーク/劇伴まんまだ。しかし、「スクールカースト」という共感性の高すぎる題材が本作を「凡作」「旧作」の枠に留まらないものにしている。この痛さ、苦しさは2020年代になろうとも普遍的だ。

 

47. ジョセフ・ヒース & アンドリュー・ポッター - 反逆の神話〔新版〕: 「反体制」はカネになる

Release: 2005/2014

Origin: Canada

Label: ハヤカワ文庫NF

カウンターカルチャーという概念が一九五〇年代後半から六〇年代にかけていかに発達し、左派の運動にいかに影響を与え、そしてとりわけ二一世紀初頭の反消費主義運動にいかに感化を及ぼしたか――本書はそうした系譜を描いている。」

序文のこの言葉が本書のすべて。文庫版592頁の紙幅をもって、文化左翼・心情左翼の瑕疵を若干くどいくらいに指摘し続ける。原著の出版時(2005年)の反響はいかほどであったかは想像も付かないが、2022年現在に読むならば、本書の内容は真っ当であるとしかいえない。

しかし、先程紹介した『磯部涼 - ルポ川崎』で述べられていたとおり、音楽文化には地域共同体を生む能力があるのもまた事実だ。文化のみでは政治・社会問題は解決不能だという本書の主張はごもっともだが、それは、「文化は社会的影響力をもたない」ということではないだろう。一読者としては、文化の無力性を再確認する絶望の啓示書ではなく、政治/文化の境界とそれぞれの役割を思索するための前向きなキッカケとして読んだ。

アメリカのリベラルが、トランプは宇宙からやってきたエイリアンだと言うのを聞かされるのにはうんざりする。実際は実にアメリカ的な人物で、トランプ支持派と反対派の双方に見られるアメリカ的特徴の重要な側面を体現しているのに。そう、トランプは多くの点で歴史上最もアメリカ的なアメリカ大統領だった。」

「ヒッピーとヤッピーのイデオロギーはまったく同一である。六〇年代の反逆を特徴づけたカウンターカルチャーの思想と資本主義システムのイデオロギー的要請には何ら対立はなかったのだ。」

「進歩的左派がすべきことは、社会正義の問題への懸念をカウンターカルチャー的な批判から解放して、カウンターカルチャー的な批判を捨て去り、社会正義の問題を追求しつづけることだ。」

 

48. ジュリア・デュクルノー - TITANE/チタン

Release: 2021

Origin: France

自動車の動力炉と制作陣の名が次々とモンタージュされゆく、マイケル・マンコラテラル』を想起させるOPのみで、稀代の傑作であると確信した。編集リズムと寒色系に煌めく金属の数々の、どうしようもない艶めかしさに慄く。フランスや北欧のアート映画=自然光のイメージをもっていたので、その点においても意外。そして、直後のRQダンス(何処で切れているのか、どの程度編集が施されているかそもそも素人目には判断しかねる、超絶ロング・ショットだ)でさらに呆然とする。各女優が身に付けたRQ衣装や金属アクセサリー、それらが反射する光を目し、「有/無機物の融和」を、僕を含めた大半の観客が直感したはずだ。

その後、嫌というほど強調される暴力描写やダンスシーン、おじさんの筋トレシーンなどには、思わず何度も目を(比喩ではなく物理的に)覆った。それは描写がただグロテスクだったからではなく、「女性には痛覚が内在するが、男性にはなく、だからトロフィーとして痛覚を求める」というマチズモの情けなさを明瞭に示していたからだ。本作は肉体の外/内側の両方にフォーカスした内容であるが、僕は「内側」、つまりは本人の生き方に関わらず逃れられない「女体」に課せられた責任……それが一番胸に引っ掛かってしまった。映画館を抜けて一言目に溢れたのは、「楽しかった」「怖かった」「演出が凄かった」などではなく、「男性ほど愚かで贅沢な存在もいないな」という、自省の念だ。

こうして一時代を象徴するであろうメルクマールの誕生に立ち会えることになるとは思わなんだ。僕はここ2年で映画に惚れ込んだ人間なので、あらゆる映画ムーヴメントに当然遅れている(MCUすら通っていない)。が、『TITANE チタン』は見た。それだけはこれから生涯誇ってゆくつもりだ。

 

49. 鐘ト銃声 - 【小林アキヒトの一生:序】

Release: 2021

Origin: Japan

Label:  - 

反時代的意匠もここまで徹底されているともう笑うしかない。かつての大日本異端芸者ガゼットや蜉蝣を想起させるエログロナンセンスすぎる歌詞と、2004年くらいからタイムスリップしてきたんじゃないか?と思わず疑ってしまうような音楽性。リバイバルとかアップデートとかじゃなく、ルネッサンス。当時の雰囲気を考古学的な手捌きでそのまま復活させやがった!!!

 

50. kasane vavzed - RED

Red

Red

  • kasane vavzed
  • エレクトロニック
  • ¥2444

Release: 2022

Origin: Japan

Label: ko-02

かつて「凛として時雨」は、ギターロック/ポストロック/ハードコア・パンクV系など、日本国内に散在するバンド・シーンの血統を再結集したキメラの如き存在であった。2022年、まさか当時の熱狂をラップ・ミュージックの形式にパッケージングする者が現れようとは。本作を「エモ・ラップ」「トラップメタル」と一言で呼ぶのが憚られる理由は、それによって彼の唯一性を見逃してしまうからだ。ラップ・ミュージックによるロック・ミュージックの収奪は、文脈の断絶にこそラディカルな快楽が宿る。対して彼は、文脈の断絶ではなく継承こそが美点である。邦楽ロックからVOCALOID、ラップ・ミュージック、エモ、メタルなどの血が所狭しとさざめく、全30曲からなる「偽邦楽史」のオブジェがここにある。

 

51. 菊地成孔大谷能生 - 東京大学アルバート・アイラー-東大ジャズ講義録・歴史編

Release: 2005

Origin: Japan

Label: メディア総合研究所

十二音平均律、バークリー・メソッド、MIDI……。モダン・ジャズ史を「音楽の記号化」「モダニズム」というテーマで再定義する名講義録。アメリカ社会・音楽教育・ロック・現代思想・映画など、当時並走していたムーヴメントにも目配せしながら、ジョーク混じりの飄々とした口調で進んでいく。電化マイルス~ファンクやフリー・インプロヴィゼーションなど、一般的なジャズ史では「ジャンルから逸脱した新興勢力である」と簡素に済まされがちな分野にもしっかりと紙幅が割かれ、未来に繋がる視点を提示してくれる。名盤群を骨董品のように愛でるのではなく、これからの21世紀を視野に入れつつ、「偽史」の大風呂敷を拡げてみせる。これこそ氏の真骨頂だ。

音楽講義録『M/D』、エッセイ『スペインの宇宙食』『歌舞伎町のミッドナイト・フットボール』『時事ネタ嫌い』『次の東京オリンピックが来てしまう前に』、映画批評集『ユングサウンドトラック』など、今年一年は彼の著作にかぶれまくった(一昔前のサブカル男子みてぇだ)。その中でも、間口の一番広い本書が最も強く推薦できる。

 

52. 黒沢清 - スパイの妻

https://www.netflix.com/jp/title/81406716?s=i&trkid=13747225&vlang=ja&clip=81575412

Release: 2020

Origin: Japan

開始10分こそ、「黒沢清がこの年代を扱うこと自体興味深い」「やはりTV映画らしいクッキリした画造り」と試す態度で眺めていたが、あっという間に黒沢清ワールドに変貌したものだから、完全ノックアウト!平面的な構図、閉所や廃墟に差す外光、台詞・SEなどを総合したあらゆる音によるリズミカルなアンサンブル、なにもかもを身体全体で堪能してしまった……。

戦時中の日本社会や空爆を物理的な脅威の対象ではなく、空虚な音やシステムとして描くタッチが如何にも彼らしい。あらすじからは想像が付かないほどに、軽い。本来であれば霊や催眠術などの非物理的な題材にマッチするような演出を、1940年の神戸に放り込んでしまったことに最大の慧眼があるのでは。

 

53. レオス・カラックス - ポンヌフの恋人

Release: 1991

Origin: France

「まどろめ パリよ!」――フランス映画屈指の超大作としても、ファッション・アイコンとしても、シネフィル文化のカリスマとしても、一時代を築き上げたメルクマールということで、背筋の凍る思いで再生ボタンを押したが……一体何なんだ、この、羞恥心の一切が灰と化してしまうようなエモーショナルさは!特に映画冒頭のサイレント映画じみた静謐さ、中盤のポップミュージックをバックにしたダンスシーン、ボートやミシェルの疾走、随所で煌めく火・炎の溢れる生命力と多幸感には、「いま、この瞬間が永遠に続けばいいのに」なんて子供じみた夢を無邪気に抱いてしまった。

持たざる者同士の運命的出会いと泥臭い日常生活、暖かな陽光、夜を照らす街のライト、動植物を含めた登場人物全員のしなやかな身体……。「映画=夢」なんて誰もが口を揃える方便だけれど、豪華絢爛な原色と光・闇に彩られ、すべての生命への祝福に満ちたこのフィルムは、文字通り「夢」みたいな時間だった。

 

54. ルキノ・ヴィスコンティ - ベニスに死す

Release: 1971

Origin: Itary

美少年タジオくんの表情への執拗なズームアップ、途端訪れる恍惚。視線を殊更に意識させるカメラワークにより、鑑賞者である僕達は変態中年男性と同化する。「見ること」の暴力性を大衆が認知した今、この内容は明らかに時代錯誤なものだろう。しかし、貴方は既に共犯者ではないか?目撃しただろう、美少年タジオくんの笑顔!声!胸!キューティクルを!「見ること」の徹底により、タジオくんの新たなる表情をひとつずつ網膜に焼き付ける。これに達成感をまったく感じなかった者だけが、投石する権利をもつのだ。

凡才の葛藤や芸術論など露知らず、究極的には「顔の良さ」のみで映画は芸術たり得てしまうのだという残酷さに、揺るがなき壁の前に平伏せ。

追記:本レビューを書き終えてから、主役のビョルン・アンドレセンドキュメンタリー映画『世界で一番美しい少年』にて、いままで受けてきた性被害を告白した、と知った。ジョークではなく、僕は本当に「共犯者」だったのか……。この件は受け止め方がわからないでいる。

 

55. Madmans Esprit - 나는 나를 통해 우리를 보는 너를 통해 나를 본다

Release: 2022

Origin: Korea

Label: (주)블렌딩

DIR EN GREYの新譜『PHALARIS』はメインストリーム・メタル・シーンの動向に反して、よりプログレッシヴで掴み所のない世界観を志向していた。それに対して、V系メタルの王道を提示していたのは実は彼等ではなかろうか?

例えるならば、DIR EN GREYUROBOROS』~『ARCHE』を原型に、クサいギターフレーズやブラックメタルさながらのブラストビートなどを注入することで、よりメタルらしい身体的な攻撃性を強化したものといえる。こうやって文章で表現してみるといかにも高尚な音楽性に思えるのだが、勘違いされては困る。モゾモゾとしたサウンドプロダクション、ラップ調の早口スクリーム、歌謡的なメロディー、これらはちょっぴり滑稽じゃないか? 

ヴィジュアル系は今日に至るまで、USメタルを暴力的に翻訳することで発展してきたが、彼等はその「誤訳」までトレースしちゃっている。「米国のまがいもの」のまがいもの、孫コピーというやつだ。そこにメタルとしてハイクオリティな演奏ぶりが交わる倒錯ぶり。本作は正統/亜流の二項対立を混濁させ、無効化してしまう。聴いていて清々しい想いになるよ。

 

56. まえだくん - ぷにるはかわいいスライム

Release: 2022

Origin: Japan

Label: 週刊コロコロコミック

読んでいると顔面のあちこちが良からぬ方向に湾曲していく。疲弊したときに読む萌え・ラブコメディとしてめちゃくちゃお世話になった。

 

57. Makaya McCraven - In These Times

In These Times

In These Times

  • マカヤ・マクレイヴン
  • ジャズ
  • ¥1528

Release: 2022

Origin: US

Label: International Anthem 

彼もMark Guilianaと並んで、現代ジャズを出土としながらもジャンルレスな才能の持ち主であると広く注目を集めているドラム・プレイヤー。本作のフィジカル版がnonesuch・XL Recordingsからリリースされていることがまず示唆的だ。

今作はストリングスやヴィブラフォンなどを携えた大所帯アンサンブルで、賑やかな演奏ぶりを聴かせてくれる。Mark Gulianaがテクノ的なビート感覚だったのに対して、彼はヒップホップ的。各演奏者が各々の華やかなメロディーを奏でながらも、根幹には大きな反復の流れを感じさせる。電化マイルスやスピリチュアル・ジャズとは似て異なる形で、ループ・ミュージックとしてのバンドサウンドを追究しているのだ。

 

58. マーク・フィッシャー - 資本主義リアリズム

Release: 2009/2018

Origin: UK

Label: 堀之内出版

日本語版が出版されてより、長らく音楽批評シーン内の共通言語となっている一作。題名からして難解そうで長らく積んでいたのだが、いざ読んでみると論旨の捉えやすいエッセイでびっくりした。本書も『反逆の神話』と同様、絶望の啓示書ではなく、文化の役割を再考するキッカケとして対峙すべきだろう。なぜなら、本書終盤にはそのヒントが書かれているから。

「本書で官僚主義と精神保険の問題に焦点を当てることにしたのは、ある面では、ますます資本主義リアリズムの要請に従属させられた文化の領域、すなわち教育において、この二つが重要な立場を占めているからだ。」

「現在、後期資本主義のイギリスにおいて「ティーンエイジャーである」ことが、もう少しで病気の一種として再定義されてしまいそうな状態だといっても過言ではない。この病理化によって、政治的な取り組みの可能性は予め除外される。そして、このような問題を自己責任化すること、すなわち、問題の原因が家族背景ないしは個人の脳神経系における化学物質の不均衡のみにあるとみなすことによって、社会制度にまつわる因果関係の追求は度外視されてしまう。」

「もし注意欠陥多動性障害ADHD〕のようなものが病理であるのなら、それは後期資本主義に特有の病理なのである――それはハイパーメディア化された消費文化の娯楽=管理回路に接続されていることの結果なのだ。」

「後期資本主義において顕著な情動とは、不安と冷笑主義なのである。」

「広く普及している精神保健の問題を、医療的な障害ではなく、有用な対立へと変えていかなければならない。情動障害とは、蓄積された不満が形となって現れたものである。この不満を外部へ、つまり真の原因である資本へ向けていくことは可能であるし、そうしなければならない。」

 

59. Mark Guiliana - the sound of listening

the sound of listening

the sound of listening

  • マーク・ジュリアナ
  • コンテンポラリー・ジャズ
  • ¥1528

Release: 2022

Origin: US

Label: Edition

「現代ジャズ界を牽引する」「David Bowieのバックバンドを務めたあの」とかって枕詞は今更不要ですよね。存在自体が「ドラム演奏」という行為の批評となっているといっても過言ではないリビング・レジェンドによる、ジャズ・カルテット・アルバム。今年1月にリリースされたもう一枚の新譜『music for doing』と好対照を成す、オーガニックなスタイルが楽しめる一作だ。しかし、彼の作品が並大抵のクオリティになるわけがなく。

東京ジャズ2019で彼の生演奏を一見したことがあるのだけれども、仰天したのをよく憶えている。四肢にボーリングマシンが搭載されているんじゃないかと勘ぐってしまうほど、バスドラムとスネアの打音が堅牢で太い。そのおそるべき力量がしっかりと音源にパッケージングされている。そのしなやかな金物捌きも、ピアノに劣らぬほどメロディアスに冴え渡っている。

 

60. 三島由紀夫 - 仮面の告白

Release: 1949

Origin: Japan

Label: 河出書房

厳つい名前やかつての逸話から「うへ~なんだか難しそう~}という先入観をもったまま本書に触れたが、生粋の耽美主義者でとても親近感が湧いた。文体にROUAGERaphaelを感じる。

 

【NEXT】

 

【PREV】