41. 磯部涼 - ルポ川崎
Release: 2017
Origin: Japan
Label: 新潮文庫
川崎市のルポルタージュ企画のつもりが、いつのまにか音楽の話題中心になっていたと。そのエピソードからも窺えるように、音楽文化は地域共同体を構成する能力を持っていると本書自身が証明してくれる。「結局日本社会で音楽なんて何の影響力も持たないだろ」と思う方々には是非推薦します。
42. If I Die First - They Drew Blood
Release: 2021
Origin: US
Label: -
君はEMO Niteのコーチェラ公演を観たか?何だかんだ揶揄されようがポップパンク/エモのファンベースは強固であると視覚化されてしまったあの衝撃!(日本も地方都市にドサ回ってくれるのはパンク/ラウドロック/V系ばかりだから似た状況といえるかもな) エモ・ラッパーLil Lotus率いるこのバンドも00年代スクリーモ/ポスト・ハードコアを再興すべく健闘している。新奇性?愚問だな──僕らが目指してるのは「あの頃」以外無い。先進的な音楽作品がお好みならば素通りしてもらって構わないが、それだけでは癒えぬ傷があること、キッズたちの故郷はここにあるのだということは忘れないでいてほしい。
43. ジェームズ・グレイ - アド・アストラ
Release: 2019
Origin: US
「思索的な作風にもかかわらずSF大作映画として宣伝され、大衆からあらぬ誤解と低評価を受けた悲劇の一作」という前評判は耳にしていたが、予想より全然サスペンスしてるじゃないか!ハラハラドキドキ!という嬉しい裏切りがまず一つ。作品序盤における宇宙ステーション→地球への落下シーンや脱落者を生む数々のアクシデントによって、無限に思える宇宙空間に上下感覚と死の香りをまざまざと刻印する。やはり派手なアクションや宇宙描写の割合こそ控えめなミニマルな造りだが、何が発生するか予測のつかない緊張感が作中全体を覆っているのだ。
ブラピの演技力も作品全体の説得力に多大に貢献。目線や表情が細かくドギマギする仕草すごいなぁ。ブラピの真価が発揮されるのは『ファイト・クラブ』や『オーシャンズ11』などでのヒロイックな役柄よりも、本作や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のような人間臭いおっさんかもと思ったり。
そして、ひたすら謎の解明に突き進むブラピと円形の構図の反復が、本作の主題「父/息子の無意識な同一化」をあらわにしていく。ヒロイズムの裏にべっとり染み付いた歯痒さや情けなさも含めての本物だ。映画『インターステラー』との主題の類似点が度々指摘されているが、主人公の勇気ある選択を真正面から肯定した同作よりも、どうしようもなさを諦念交じりの矮小なタッチで描き切ったジェームズ・グレイ監督の方が誠実に感じられて僕は好きだよ。
本作のネット評価が芳しくない理由はアクション&スペクタクル描写不足よりも、男性性の負の側面が鑑賞者にとっては直視し難いものであったからではなかろうか。宇宙モノだからって冒険・開拓讃歌を期待していたら強烈なしっぺ返しを喰らう。
他にも音楽(Max Richter)や映画史への目配せ(過去のSFや『駅馬車』的カーチェイスなど)なども粋な演出を挙げていくとキリがないのだけれども、いかんせんこの作品の主題は20代が観るには重い。重すぎた。15年後に再鑑賞したいね。
44. ジム・ジャームッシュ - コーヒー&シガレッツ
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B06XC962HK/ref=atv_dp_share_cu_r
Release: 2003
Origin: US
まずそうな珈琲と煙草を嗜む老若男女、11編に切り分けられた街の一角。他愛もない光景が何故だか唸るほどにおもしろい。
「結局、映画で「リアル」を目指すことは、撮影というお祭りのようなごく一時の幻影にすぎず、若者が「もっとリアルに」と唱えるのは、つまり「もっとドラマチックに」ということなのであって、それは手持ちカメラも監視カメラも関係のない、いわゆる「面白さ」とか「エモーション」とかの問題なのであって、結果もっと派手な演技とかもっと派手なカメラワークとか派手な音楽とかを導入することによって、ようやく落ち着くたぐいのものなのかもしれません。」
「映画の脚本とは、一読するといかにもそれは実際に起こる現実を描写しているように見えて、実はそこに書かれてある内容は非常に強烈な省略がきいていて、非現実な世界にまで達している。喫茶店に入ってウェイトレスも来ず、オーダーを取ってもいないのにいつの間にかコーヒーが出ていて、重要な最低限の会話をちょっとだけして、一分ほどしたら勘定も払わず出て行ってしまう……そういう、実際にはあり得ない世界が描かれている。」(『黒沢清、21世紀の映画を語る』)
労働者~中流階級の日常風景、そのうだつの上がらなさを指して「リアル」と形容してしまうのは実に容易い。しかしながら、君も見逃してはいないはず……さりげなく忍ばせられた映画の詐術の数々を。次々に注がれるコーヒーとスカしたユーモアの天丼によって、体感時間はみるみる引き延ばされてゆく……実時間は1編10分に満たないのに。あっという間なのに、僕もずっとに同じ空間に居合わせていたかのような感覚だ。その点ではやはり、小津安二郎からの影響が顕著に窺える。あらゆる識者からこっ酷く叱られそうだけれども、本家本元(小津安二郎)よりもややラフな構図造りで、なおかつストリートカルチャーへの愛が焼き付いたジャームッシュの世界観の方が断然好いている。
監督の人気を裏付けるアイコン性も、濃密過ぎるんじゃないかというくらいに迸る。観終わった後に真似したくなっちゃう。本作のエンドロールと同時に、お湯を沸かし始めてしまった人間は僕だけじゃないはず。マせた文学青年、映画史を記憶するシネフィル、パンク/ヒップホップ好きのバッドボーイ、あらゆる人種から愛されてやまない、時代を飾るクラシック。
45. Joey Bada$$ - 2000
Release: 2022
Origin: US
Label: Pro Era
現代Boom Bapの最高峰では。ラップも巧すぎるが、それよりも何よりトラックが極上。
46. ジョン・ヒューズ - ブレックファスト・クラブ
Release: 1985
Origin: US
ファースト・インプレッションは「ずるいな」だ。『ホームアローン』に携わったジョン・ヒューズが監督・脚本を務めていることからも予想がつくとおり、まさに僕らがイメージする80年代アメリカ映画のカメラワーク/劇伴まんまだ。しかし、「スクールカースト」という共感性の高すぎる題材が本作を「凡作」「旧作」の枠に留まらないものにしている。この痛さ、苦しさは2020年代になろうとも普遍的だ。
47. ジョセフ・ヒース & アンドリュー・ポッター - 反逆の神話〔新版〕: 「反体制」はカネになる
Release: 2005/2014
Origin: Canada
Label: ハヤカワ文庫NF
「カウンターカルチャーという概念が一九五〇年代後半から六〇年代にかけていかに発達し、左派の運動にいかに影響を与え、そしてとりわけ二一世紀初頭の反消費主義運動にいかに感化を及ぼしたか――本書はそうした系譜を描いている。」
序文のこの言葉が本書のすべて。文庫版592頁の紙幅をもって、文化左翼・心情左翼の瑕疵を若干くどいくらいに指摘し続ける。原著の出版時(2005年)の反響はいかほどであったかは想像も付かないが、2022年現在に読むならば、本書の内容は真っ当であるとしかいえない。
しかし、先程紹介した『磯部涼 - ルポ川崎』で述べられていたとおり、音楽文化には地域共同体を生む能力があるのもまた事実だ。文化のみでは政治・社会問題は解決不能だという本書の主張はごもっともだが、それは、「文化は社会的影響力をもたない」ということではないだろう。一読者としては、文化の無力性を再確認する絶望の啓示書ではなく、政治/文化の境界とそれぞれの役割を思索するための前向きなキッカケとして読んだ。
「アメリカのリベラルが、トランプは宇宙からやってきたエイリアンだと言うのを聞かされるのにはうんざりする。実際は実にアメリカ的な人物で、トランプ支持派と反対派の双方に見られるアメリカ的特徴の重要な側面を体現しているのに。そう、トランプは多くの点で歴史上最もアメリカ的なアメリカ大統領だった。」
「ヒッピーとヤッピーのイデオロギーはまったく同一である。六〇年代の反逆を特徴づけたカウンターカルチャーの思想と資本主義システムのイデオロギー的要請には何ら対立はなかったのだ。」
「進歩的左派がすべきことは、社会正義の問題への懸念をカウンターカルチャー的な批判から解放して、カウンターカルチャー的な批判を捨て去り、社会正義の問題を追求しつづけることだ。」
48. ジュリア・デュクルノー - TITANE/チタン
Release: 2021
Origin: France
自動車の動力炉と制作陣の名が次々とモンタージュされゆく、マイケル・マン『コラテラル』を想起させるOPのみで、稀代の傑作であると確信した。編集リズムと寒色系に煌めく金属の数々の、どうしようもない艶めかしさに慄く。フランスや北欧のアート映画=自然光のイメージをもっていたので、その点においても意外。そして、直後のRQダンス(何処で切れているのか、どの程度編集が施されているかそもそも素人目には判断しかねる、超絶ロング・ショットだ)でさらに呆然とする。各女優が身に付けたRQ衣装や金属アクセサリー、それらが反射する光を目し、「有/無機物の融和」を、僕を含めた大半の観客が直感したはずだ。
その後、嫌というほど強調される暴力描写やダンスシーン、おじさんの筋トレシーンなどには、思わず何度も目を(比喩ではなく物理的に)覆った。それは描写がただグロテスクだったからではなく、「女性には痛覚が内在するが、男性にはなく、だからトロフィーとして痛覚を求める」というマチズモの情けなさを明瞭に示していたからだ。本作は肉体の外/内側の両方にフォーカスした内容であるが、僕は「内側」、つまりは本人の生き方に関わらず逃れられない「女体」に課せられた責任……それが一番胸に引っ掛かってしまった。映画館を抜けて一言目に溢れたのは、「楽しかった」「怖かった」「演出が凄かった」などではなく、「男性ほど愚かで贅沢な存在もいないな」という、自省の念だ。
こうして一時代を象徴するであろうメルクマールの誕生に立ち会えることになるとは思わなんだ。僕はここ2年で映画に惚れ込んだ人間なので、あらゆる映画ムーヴメントに当然遅れている(MCUすら通っていない)。が、『TITANE チタン』は見た。それだけはこれから生涯誇ってゆくつもりだ。
49. 鐘ト銃声 - 【小林アキヒトの一生:序】
Release: 2021
Origin: Japan
Label: -
反時代的意匠もここまで徹底されているともう笑うしかない。かつての大日本異端芸者ガゼットや蜉蝣を想起させるエログロナンセンスすぎる歌詞と、2004年くらいからタイムスリップしてきたんじゃないか?と思わず疑ってしまうような音楽性。リバイバルとかアップデートとかじゃなく、ルネッサンス。当時の雰囲気を考古学的な手捌きでそのまま復活させやがった!!!
50. kasane vavzed - RED
Release: 2022
Origin: Japan
Label: ko-02
かつて「凛として時雨」は、ギターロック/ポストロック/ハードコア・パンク/V系など、日本国内に散在するバンド・シーンの血統を再結集したキメラの如き存在であった。2022年、まさか当時の熱狂をラップ・ミュージックの形式にパッケージングする者が現れようとは。本作を「エモ・ラップ」「トラップメタル」と一言で呼ぶのが憚られる理由は、それによって彼の唯一性を見逃してしまうからだ。ラップ・ミュージックによるロック・ミュージックの収奪は、文脈の断絶にこそラディカルな快楽が宿る。対して彼は、文脈の断絶ではなく継承こそが美点である。邦楽ロックからVOCALOID、ラップ・ミュージック、エモ、メタルなどの血が所狭しとさざめく、全30曲からなる「偽邦楽史」のオブジェがここにある。
51. 菊地成孔&大谷能生 - 東京大学のアルバート・アイラー-東大ジャズ講義録・歴史編
Release: 2005
Origin: Japan
Label: メディア総合研究所
十二音平均律、バークリー・メソッド、MIDI……。モダン・ジャズ史を「音楽の記号化」「モダニズム」というテーマで再定義する名講義録。アメリカ社会・音楽教育・ロック・現代思想・映画など、当時並走していたムーヴメントにも目配せしながら、ジョーク混じりの飄々とした口調で進んでいく。電化マイルス~ファンクやフリー・インプロヴィゼーションなど、一般的なジャズ史では「ジャンルから逸脱した新興勢力である」と簡素に済まされがちな分野にもしっかりと紙幅が割かれ、未来に繋がる視点を提示してくれる。名盤群を骨董品のように愛でるのではなく、これからの21世紀を視野に入れつつ、「偽史」の大風呂敷を拡げてみせる。これこそ氏の真骨頂だ。
音楽講義録『M/D』、エッセイ『スペインの宇宙食』『歌舞伎町のミッドナイト・フットボール』『時事ネタ嫌い』『次の東京オリンピックが来てしまう前に』、映画批評集『ユングのサウンドトラック』など、今年一年は彼の著作にかぶれまくった(一昔前のサブカル男子みてぇだ)。その中でも、間口の一番広い本書が最も強く推薦できる。
52. 黒沢清 - スパイの妻
https://www.netflix.com/jp/title/81406716?s=i&trkid=13747225&vlang=ja&clip=81575412
Release: 2020
Origin: Japan
開始10分こそ、「黒沢清がこの年代を扱うこと自体興味深い」「やはりTV映画らしいクッキリした画造り」と試す態度で眺めていたが、あっという間に黒沢清ワールドに変貌したものだから、完全ノックアウト!平面的な構図、閉所や廃墟に差す外光、台詞・SEなどを総合したあらゆる音によるリズミカルなアンサンブル、なにもかもを身体全体で堪能してしまった……。
戦時中の日本社会や空爆を物理的な脅威の対象ではなく、空虚な音やシステムとして描くタッチが如何にも彼らしい。あらすじからは想像が付かないほどに、軽い。本来であれば霊や催眠術などの非物理的な題材にマッチするような演出を、1940年の神戸に放り込んでしまったことに最大の慧眼があるのでは。
Release: 1991
Origin: France
「まどろめ パリよ!」――フランス映画屈指の超大作としても、ファッション・アイコンとしても、シネフィル文化のカリスマとしても、一時代を築き上げたメルクマールということで、背筋の凍る思いで再生ボタンを押したが……一体何なんだ、この、羞恥心の一切が灰と化してしまうようなエモーショナルさは!特に映画冒頭のサイレント映画じみた静謐さ、中盤のポップミュージックをバックにしたダンスシーン、ボートやミシェルの疾走、随所で煌めく火・炎の溢れる生命力と多幸感には、「いま、この瞬間が永遠に続けばいいのに」なんて子供じみた夢を無邪気に抱いてしまった。
持たざる者同士の運命的出会いと泥臭い日常生活、暖かな陽光、夜を照らす街のライト、動植物を含めた登場人物全員のしなやかな身体……。「映画=夢」なんて誰もが口を揃える方便だけれど、豪華絢爛な原色と光・闇に彩られ、すべての生命への祝福に満ちたこのフィルムは、文字通り「夢」みたいな時間だった。
54. ルキノ・ヴィスコンティ - ベニスに死す
Release: 1971
Origin: Itary
美少年タジオくんの表情への執拗なズームアップ、途端訪れる恍惚。視線を殊更に意識させるカメラワークにより、鑑賞者である僕達は変態中年男性と同化する。「見ること」の暴力性を大衆が認知した今、この内容は明らかに時代錯誤なものだろう。しかし、貴方は既に共犯者ではないか?目撃しただろう、美少年タジオくんの笑顔!声!胸!キューティクルを!「見ること」の徹底により、タジオくんの新たなる表情をひとつずつ網膜に焼き付ける。これに達成感をまったく感じなかった者だけが、投石する権利をもつのだ。
凡才の葛藤や芸術論など露知らず、究極的には「顔の良さ」のみで映画は芸術たり得てしまうのだという残酷さに、揺るがなき壁の前に平伏せ。
追記:本レビューを書き終えてから、主役のビョルン・アンドレセンがドキュメンタリー映画『世界で一番美しい少年』にて、いままで受けてきた性被害を告白した、と知った。ジョークではなく、僕は本当に「共犯者」だったのか……。この件は受け止め方がわからないでいる。
55. Madmans Esprit - 나는 나를 통해 우리를 보는 너를 통해 나를 본다
Release: 2022
Origin: Korea
Label: (주)블렌딩
DIR EN GREYの新譜『PHALARIS』はメインストリーム・メタル・シーンの動向に反して、よりプログレッシヴで掴み所のない世界観を志向していた。それに対して、V系メタルの王道を提示していたのは実は彼等ではなかろうか?
例えるならば、DIR EN GREY『UROBOROS』~『ARCHE』を原型に、クサいギターフレーズやブラックメタルさながらのブラストビートなどを注入することで、よりメタルらしい身体的な攻撃性を強化したものといえる。こうやって文章で表現してみるといかにも高尚な音楽性に思えるのだが、勘違いされては困る。モゾモゾとしたサウンドプロダクション、ラップ調の早口スクリーム、歌謡的なメロディー、これらはちょっぴり滑稽じゃないか?
ヴィジュアル系は今日に至るまで、USメタルを暴力的に翻訳することで発展してきたが、彼等はその「誤訳」までトレースしちゃっている。「米国のまがいもの」のまがいもの、孫コピーというやつだ。そこにメタルとしてハイクオリティな演奏ぶりが交わる倒錯ぶり。本作は正統/亜流の二項対立を混濁させ、無効化してしまう。聴いていて清々しい想いになるよ。
56. まえだくん - ぷにるはかわいいスライム
Release: 2022
Origin: Japan
Label: 週刊コロコロコミック
読んでいると顔面のあちこちが良からぬ方向に湾曲していく。疲弊したときに読む萌え・ラブコメディとしてめちゃくちゃお世話になった。
57. Makaya McCraven - In These Times
Release: 2022
Origin: US
Label: International Anthem
彼もMark Guilianaと並んで、現代ジャズを出土としながらもジャンルレスな才能の持ち主であると広く注目を集めているドラム・プレイヤー。本作のフィジカル版がnonesuch・XL Recordingsからリリースされていることがまず示唆的だ。
今作はストリングスやヴィブラフォンなどを携えた大所帯アンサンブルで、賑やかな演奏ぶりを聴かせてくれる。Mark Gulianaがテクノ的なビート感覚だったのに対して、彼はヒップホップ的。各演奏者が各々の華やかなメロディーを奏でながらも、根幹には大きな反復の流れを感じさせる。電化マイルスやスピリチュアル・ジャズとは似て異なる形で、ループ・ミュージックとしてのバンドサウンドを追究しているのだ。
58. マーク・フィッシャー - 資本主義リアリズム
Release: 2009/2018
Origin: UK
Label: 堀之内出版
日本語版が出版されてより、長らく音楽批評シーン内の共通言語となっている一作。題名からして難解そうで長らく積んでいたのだが、いざ読んでみると論旨の捉えやすいエッセイでびっくりした。本書も『反逆の神話』と同様、絶望の啓示書ではなく、文化の役割を再考するキッカケとして対峙すべきだろう。なぜなら、本書終盤にはそのヒントが書かれているから。
「本書で官僚主義と精神保険の問題に焦点を当てることにしたのは、ある面では、ますます資本主義リアリズムの要請に従属させられた文化の領域、すなわち教育において、この二つが重要な立場を占めているからだ。」
「現在、後期資本主義のイギリスにおいて「ティーンエイジャーである」ことが、もう少しで病気の一種として再定義されてしまいそうな状態だといっても過言ではない。この病理化によって、政治的な取り組みの可能性は予め除外される。そして、このような問題を自己責任化すること、すなわち、問題の原因が家族背景ないしは個人の脳神経系における化学物質の不均衡のみにあるとみなすことによって、社会制度にまつわる因果関係の追求は度外視されてしまう。」
「もし注意欠陥多動性障害〔ADHD〕のようなものが病理であるのなら、それは後期資本主義に特有の病理なのである――それはハイパーメディア化された消費文化の娯楽=管理回路に接続されていることの結果なのだ。」
「後期資本主義において顕著な情動とは、不安と冷笑主義なのである。」
「広く普及している精神保健の問題を、医療的な障害ではなく、有用な対立へと変えていかなければならない。情動障害とは、蓄積された不満が形となって現れたものである。この不満を外部へ、つまり真の原因である資本へ向けていくことは可能であるし、そうしなければならない。」
59. Mark Guiliana - the sound of listening
Release: 2022
Origin: US
Label: Edition
「現代ジャズ界を牽引する」「David Bowieのバックバンドを務めたあの」とかって枕詞は今更不要ですよね。存在自体が「ドラム演奏」という行為の批評となっているといっても過言ではないリビング・レジェンドによる、ジャズ・カルテット・アルバム。今年1月にリリースされたもう一枚の新譜『music for doing』と好対照を成す、オーガニックなスタイルが楽しめる一作だ。しかし、彼の作品が並大抵のクオリティになるわけがなく。
東京ジャズ2019で彼の生演奏を一見したことがあるのだけれども、仰天したのをよく憶えている。四肢にボーリングマシンが搭載されているんじゃないかと勘ぐってしまうほど、バスドラムとスネアの打音が堅牢で太い。そのおそるべき力量がしっかりと音源にパッケージングされている。そのしなやかな金物捌きも、ピアノに劣らぬほどメロディアスに冴え渡っている。
Release: 1949
Origin: Japan
Label: 河出書房
厳つい名前やかつての逸話から「うへ~なんだか難しそう~}という先入観をもったまま本書に触れたが、生粋の耽美主義者でとても親近感が湧いた。文体にROUAGEとRaphaelを感じる。
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